『諸行無常・諸法無我』の本来の意味

このページでは、『諸行無常・諸法無我』という言葉の本来の意味について、心理学・精神医学の視点から解説します。

『諸行無常・諸法無我』とは?

諸行無常・諸法無我は、「世の中がむなしい、はかない」という悲観的な意味で理解されることが多いですが、本来は、そのような意味ではありません。
諸行無常・諸法無我とは、悟りを開いたときの精神状態がどのようなものかを説明した言葉です。

『悟りを開く』とは?

悟りを開くとは、本来、「死後の世界に行く」「神のような存在になる」といった宗教的な意味ではありません。
悟りを開くとは、瞑想によって特殊な精神状態に到達することをいいます。

悟りを開くとどうなる?

悟りを開くと、認知能力が向上し、まるで車窓から遠くの景色を眺めるように、自分の心すらも偏りなく観察できるようになります。
すなわち、心の変化に一切影響されなくなった自分(無我)が、絶えず変化していく全てのもの(無常)をただひたすらに観察し続ける、という状態になります。
そして、この状態になると、精神が非常に安定し、瞑想の効果が最大限得られるようになります。
『諸行無常・諸法無我』とは、このような精神状態を説明した言葉です。
しかし、悟りを開くとどうなるかは、言葉で理解するよりも、瞑想によって自ら体験してみるのが一番です。

悟りが開けるブッダの瞑想法

悟りが開けるブッダの瞑想法を「正しい瞑想のやり方」のページで解説しています。
この瞑想法を1日10分以上続けると、早ければ数日程度で、精神状態が大きく改善する瞬間が訪れます。
それは、瞑想しなければ体験できない大きな心の変化なので、自ずと悟りを開いたことが分かるはずです。

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